KIYOKOさんの病気のこと
どうして彼女は突然逝ってしまったのか。
私は彼女の主治医だった人に言いたいのです。
彼女は元気だったのに・・・。
彼女は亡くなる1ヶ月半前までは、本当に元気でした。食欲もあり引越し準備とその後片付けや子育てで
大忙しだったのです。
引越し後も家の中の整理や、子供の幼稚園の行事の準備などで、休む間もない日々を過ごしていました。
親戚の方達を招待して、家の披露をしたり、私も同じ団地に住んでいるので仕事帰りに立ち寄っていました。
彼女は3年前に初期の乳癌になりました。
妊娠中のリスクを乗り越えて、左乳房を全摘して病気を克服し、元気な子供を出産しました。
病後は人一倍健康に留意し、水や食事に細心の気配りをし免疫力をつける努力もしました。
定期検診をおこたらず、F主治医の指示通りに従い優等生の患者であったと思います。
病気に対して神経質で臆病になっていた彼女は、検診のたびに細かな部分での不安をF主治医に
伝えて、万が一の再発や余病を防ぐ為に神経を尖らせていました。
彼女は100%主治医を信頼し切っていたのです。
去年の8月に検診に行った時のこと、検査の結果少し肝機能の数値が上がっていることを指摘さ
れ、彼女はいつものように心配して「先生!何故肝機能が悪くなるのですか。」と聞いたそうです。
その時のF主治医の答えは「ああ・・・君は神経質で心配性だから言わない方が良かったかも知れ
ないね。このくらいの数値は気にしなくていいんだよ。君のは初期の乳癌だったんだから、
心配する必要はないんだ。」だったのです。
そのことは、確かに私は彼女から聞いたので、はっきりと覚えています。
あの時に精密な検査をしていたら、彼女はまだ生きていたんじゃないでしょうか。
8月の検査の次は12月です。
12月に骨の検査をして、結果を聞きに行った時F主治医から発された言葉は「検査結果は異常あり
ませんでした。」ということでした。
彼女自身がその数日前に、引っ越し疲れからくる体調不良で、近所の内科へ受診し、たまたま腹部
へエコーをかけてもらったときに、「肝臓が腫れてるようだが・・・。」と言われていたので、帰り際に
F主治医へ「先生!肝臓が腫れているんじゃないですか?」と聞いて初めて主治医は気づいたのです。
その後すぐに検査をしてみたところ、肝臓へ転移していることがわかったのです。
わかった時には、すでに肝臓へ複数の腫瘍が点在していて、危険な状態だったというのです。
発見が遅れたなら、その分一刻も猶予は無いのですから、即入院して治療するのが筋ではないで
しょうか。
それなのに、年末年始の休診日が入るからといって、入院を10日以上も先送りされ、彼女は自宅で
夫と幼い息子たちのそばで、不安で苦痛な年越しをしなければならなくなったのです。その間に彼女
は腹水が溜まり、激しい痛みで本当に極限まで追い込まれてしまったのです。
いくら考えても、不可解な話ではないでしょうか。
私は、夫の友人が東京で国立病院の外科医をしているので、聞いてみましたが乳癌からの肝臓
転移と言うのは、とても危険な病気だそうです。ですから、主治医はもっと短期的に精密な検査を
するべきであったと言っていました。
私は今となってまで、彼女の遺族の心の傷をかき回すことはしたくはありません。
しかし、医者はもっと自分のミスを認めるべきではないでしょうか。カルテの開示をして医者に判断
ミスが無かったのかはっきりさせて欲しいのです。
主治医にとっては、大勢いる患者の中の1人にすぎないかも知れないが、その1人の患者にはかけ
がえの無い夫と幼い2人の息子たちがいるのです。
4人家族は、彼女が亡くなるわずか2ヶ月前に新居へ引っ越してきたばかりでした。
彼女は新しい家での生活に夢を膨らませ、幸せを噛みしめていた矢先の出来事でした。
家のインテリアをヨーロッパのアンティークで揃え、初めて迎える新居でのクリスマスの為に新しい
ツリーを買い、飾りました。
ツリーの前で写った二人の息子たちの写真は、2002年の年賀状へシールにして貼り付けて、皆に
送られました。
彼女は病気が発覚してから私に言いました。「来年もまたこのツリーを飾ることができるのかなあ・・・。」と。
彼女はあまりにも重たすぎる病気への不安から、嘆き悲しみ苦しみ何度もくじける言葉を言いました。
その度ごとに「絶対に治る!!!」と私は言い続けました。
けれど、その苦しみを乗り越えようとして本当に頑張りました。
「ダンナや子供達の為にも絶対に頑張る!!!」と言ってくれました。
それなのに、彼女は入院から1ヶ月足らず・・・クリスマスのちょうど1ヵ月後に帰らぬ人となりました。
あっという間の、信じられない・・・信じたくない出来事でした。
残された夫や息子たちそして親族のことを思う時、本当に心が締めつけられます。
現実問題として、医者に対する患者の立場は何段階も弱いのです。
最近、首都圏の病院ではカルテの開示がもっと簡単になり、医者に対する患者の主張も出来るように
なってきたといいますが、病院や患者の数からするとまだまだ少数にすぎないように思います。
私自身20年前に父を肝硬変で亡くしていますが、未だに病院や医師に対しての不信感は拭えないでい
るのです。
結論は出ませんが、彼女を失った今・・・悲しく苦しい気持ちのやりどころのないまま日々を過ごしています。
私のような他人でさえ、このような気持ちでいるのに家族はどれほど辛い毎日を耐えながらくらしている
でしょうか。
F先生!あなたにわかりますか。この苦しみが・・・。